おはようございます。
フィリピ4:8-13でした。
いよいよ、フィリピ書の最後の挨拶に入ります。
パウロは感謝の言葉でこの挨拶を締めくくります。
フィリピの信徒たちへの感謝は、実際の愛の働きに根ざしたものでした。
宣教に出て誰も助けてくれない中、彼らだけはパウロを支えました。
投獄されている今も、差し入れをして、助けているのです。
それらの助けが福音の戦いをともに戦うことであって、
主が喜んで受け取ってくださるのだと、告白しています。
この感謝の中で、パウロは信仰の歩みの秘訣を教えます。
投獄されていても喜び満足する秘訣です。
12節のように、貧しく暮らすすべも、豊かに暮らすすべも知っているとは特徴的です。
貧しければ、何かを得ようと欲望が生まれるものですし、
豊かであれば、その豊かさを維持して、もっと豊かになろうとします。
人間の満足は、この地上では、どこまでも満たされることがありません。
天から降ってくる主の祝福以外で、人が満足することはありません。
しかも、天から降ってくる主の恵みも、時間的に、場所的に、無限ではありません。
マンナを多く集めようとしても、集めきれなくても、同じ量を集めました。
求めれば無限の恵みが与えられる、とは言えません。
主の祝福は、パウロが言うように、信仰に応じて、与えられます。
そして、その信仰こそ、置かれた状況で満足する方法、その秘訣です。
私たちを強めてくださるのは主ご自身であって、自分でも他人でも、この世でもありません。
この主が必要に応じて、ピッタリ満たしてくださると信じるものこそが、どのような状況でも満足できるものです。
この確信は、もし今それが与えられていなくても、すでに与えられたと信じて喜ぶことができるでしょう。
ですから、13節です。
「わたしを強めてくださる方のお陰で、わたしにはすべてが可能です。내게 능력 주시는 자 안에서 내가 모든 것을 할 수 있느니라」
どのような状況、環境でも満足し、喜ぶことができる人は、まさに何でも可能です。
どうあっても喜び、人たちに寛容で、主に祈り、主から力を頂くものが、
何かに負けることができるでしょうか?
その人こそ、勝利に勝利を、主に捧げるでしょう。
今日という日、パウロの告白とともに、私を強めてくださる方のお陰で、私は喜びに満たされ、
何でも可能である主の栄光を体験しますと信仰告白する私たちとなりましょう。
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東京リビングストーン教会は、早天祈り会を行っている教会です。
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