1月18日早天メッセージ

投稿者: | 2023年1月18日

おはようございます!
今日は、フィリピ4:1-7でした。

フィリピ信徒への手紙の最後の勧めが書いてある部分です。

3章で、信仰の共同体の一致に関して告白していましたが、ここでは具体的に一致すべき模範的な信徒の名前が出てきます。

福音のために戦っている、模範者と共に戦ってほしいと、パウロは願ったのです。

この戦いを戦い抜くために、最後の勧告が4節からなされます。

4節「主において常に喜びなさい。重ねて言います。喜びなさい。주 안에서 항상 기뻐하라 내가 다시 말하노니 기뻐하라」

フィリピ信徒への手紙が喜びの手紙であるという理由はここにあります。

手紙全体を通して、主にある喜びをパウロは語ってきました。

パウロ自身は、投獄されている身で、いつ処刑されてもおかしくない状況にありました。

このような状況でも、主にあって喜ぶことが福音にとって有益であると勧めています。

キリストに知らせ、キリストを知っているものは、この喜びで満たされるのだと自分の身をもって示したのです。

そして、主にある喜びの秘訣が、具体的に5~7節に書かれます。

5節は教会から人々へ、6節は教会から神に、7節は神から教会へという矢印が向いています。

もちろん、全てが相互に関係しあって出来上がっています。

このような具体的な行動で、喜びを表現したのは、

主にあって喜ぶことが、何の根拠もなしに、ただ、雰囲気だけで喜ぶという意味ではないということです。

主にあって喜ぶならば、神の愛が、神との交わりが、様々な場所に影響を及ぼすと言いたいのです。

それは、再臨が近い教会において、教会が人たちに寛容であることを知らせるでしょう。

自分の心が喜んでいなければ、どうやって、人たちに寛容にできるでしょうか?

どのような状況・環境でも喜ぶという、そのような心の余裕は、信仰でしか、現れません。

心配せず、感謝と祈りを捧げるのも、聖霊様に満たされなければ、不可能です。

主が何を成し遂げてくださるか、主が何をくださるか信じないで、

どうやって、心配しないことが出来るでしょうか?

大胆に信じるからこそ、主を求め、主に感謝と祈りを捧げられるのです。

最後に、主にあって喜ぶことは、神の平安が心を守ってくださらなければ、不可能です。

主ご自身が、私たちを握りしめられ、私たちを守り、導いてくださるからこそ、

私たちは安心して、神に愛されているという大胆さをもって、

隣人を愛し、助け、互いに愛し合うことが出来ます。

喜んでいなさいと勧めているのは、このような愛の交わりが、

私たちと主ご自身と、私たちと隣人たちと、積極的に動くからでした。

今日も、主の愛のダイナミックな恵みを信じて、心が平安に満たされ、人たちの使え、主と交わり、喜びに満たされることを期待しましょう。

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東京リビングストーン教会は、早天祈り会を行っている教会です。
毎日午前6:00~7:00までお祈りの時を持っています。