9月11日早天メッセージ

投稿者: | 2017年9月11日

おはようございます。
遅くなりました!
今日は、イザヤ19:1-15です。

〇偉大なるエジプトが滅ぼされる

19章全体は、エジプトに関する預言です。
今日の前半部で、滅びが預言され、明日の後半部で回復が預言されます。

この預言の通り、エジプトが弱くされたことは、今のエジプトを見ればよくわかります。
古代において、エジプトは文化の発祥地で、強大な権力と富を持っていました。
しかし、かつての栄光は、今は全く見られません。

 

イザヤが預言していた当時、エジプトは、まだ力ある巨大な国でした。

大国であるアッシリアやバビロンと戦争をしていたくらいでした。
ファラオ・ネコがバビロンに攻める途中、南ユダを通るときに、ヨシア王を殺したことが歴代誌には書かれています。

ヨシア王は、ヒゼキヤ王が死んでから60年くらい後の王様ですから、
イザヤが活躍した時代より半世紀ほど後でも、エジプトはまだ力を持っていたということです。

このように、巨大な力を持っていたエジプトが、滅ぼされるというのは、当時は信じがたい出来事であったと考えられます。

 

〇エジプトはどうやって滅びるのか?

さて、エジプトが滅びる預言の中で、注目したいのは、その滅び方です。
11節から15節までに注目してみます。

14節「主は、彼らの間に迷わす霊を注がれた。彼らは、エジプトをよろめかせエジプトが何をするときにも酒飲みが吐くときのように、よろめかせた。」

エジプトと言えば、文明を作り出し、ピラミッドを建築したくらい技術と知識を持っていました。
しかし、その知恵、知識が愚かにされてしまいます。

酒飲みが飲みすぎてしまい、道端で吐く姿は、非常にみっともない姿ではないでしょうか?

4月の新入生歓迎の時期になると、高田馬場はあちらこちらで吐く人の姿を見ることができます。
何とも、その姿は、みじめな姿です。

私には何度も経験があるので、よくわかります。
吐くまで酔っぱらうというのは、非常に虚しい出来事であり、お金も時間もすべて無駄に使う事です。
楽しい記憶も、すべて吐くという苦しみ、みじめさですべて飛んでいくのです。

まさに、エジプトは、すべてが飛んでしまいました。
エジプトの知恵、知識は全て無駄に終わって、虚しい結果となったのです。

 

15節「もはやエジプトでは、だれも何もなしえない。頭であれ尾であれしゅろの枝であれ葦の茎であれ。」

エジプトが滅びるというのは、人間の力、知恵が、いかに虚しいものであるか、私たちに知らせているわけです。

主の愚かさは、人間の賢さより、はるかに、上であるとパウロは聖書で告白しました。
いや、主の知恵と世の知恵は、比べられるような同じ地平線にさえ、ありません。

主の知恵は、まさに、三位一体神様の本質である愛からほとばしるからです。
だから、常に、主の知恵は、世の知恵を超えてはるかに偉大であるからです。

 

人間の罪に対しては、「だれも何も成しえない」状態でした。
しかし、主の知恵は、御子イエスキリストを送り、自ら贖いを成し遂げるという御業を行いました。

私たちの助け主であられる主の霊は、力と愛と思慮分別の霊でないでしょうか?
世の知恵と次元の違う偉大なる主の知恵こそが、私たちの助けなのです。

私たちは、どちらに頼って今日一日を過ごすのでしょうか?

答えは簡単なんですが、実行するのは単純ではありません。

主の知恵は、いつも世の知恵をはるかに超えていますので、理解不能である時が、ほとんどだからです。
論理、常識や経済原理とは合わないことだらけです。。

しかし、十字架で表してくださった知恵はどのような知恵だったでしょうか?
「愚かさの中にある賢さ」です。
これこそが、私たちの頼るべき主の知恵です。

だから、私たちは、信仰が必要です。
力と愛と思慮分別の霊は、既に私の元にやってきて下さいました。
これを信じる者こそが、主の知恵「愚かさの中にある賢さ」を体験して1日歩とを信じて期待します。

 

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東京リビングストーン教会は、早天祈り会を行っている教会です。
毎日午前6:00~7:00までお祈りの時を持っています。