11月13日早天メッセージ

投稿者: | 2017年11月13日

おはようございます。
今日は、アモス9:7-15でした。

アモス書は全編のほとんどが裁きの預言です。
しかし、最後の最後で、回復の預言となります。

11節から、「その日」と書かれています。
これはバビロン捕囚から戻ったユダヤ人が、神殿を建て王国を再び建てた日かのように思われます。
ただし、それはまだ不完全な形での「その日」に過ぎませんでした。

アモスが本当に意図した「その日」は、私たちも待ち望む、イエス様の再臨の日なのです。

 

11節「その日にはわたしはダビデの倒れた仮庵を復興しその破れを修復し、廃虚を復興して昔の日のように建て直す。」

昔と訳されているヘブライ語は、「永遠」とも訳せる言葉でした。
さらに、復興が2回使われますが、この復興は、ギリシア語でいう「復活」を表す言葉でした。

ですから、ダビデの倒れた仮庵というのは、何よりまずイエス様ご自身です。
11節はイエス様の死と復活の預言でもあるということです。

そして、この死と復活の出来事こそが、荒廃したこの世が、永遠の御国にへと作り変えられる主の計画と重なって、アモスには見えているのです。

 

12節に、この目的が書かれております。
エドムは、イスラエルとは親戚ですが、敵対していた民族でした。
ヘロデ大王は、まさにエドム人だったのです。

そのような憎み、憎まれていたイスラエルと、エドムとが和解し、平和に住むのです。

この個所は、初代教会のヤコブによって、第一回エルサレム会議で引用されています。
その時は、エドムが、異邦人と直されて引用されています。

つまり、最後の日、ユダヤ人と異邦人は一つとなり、主の国で過ごすというビジョンです。

 

最後に、13~15節には、ぶどう酒が登場します。
ぶどう酒は、聖書の中では人たちの喜びを表す象徴として用いられました。

私たちにとっては、イエス様の聖餐におけるぶどう酒を思い出されます。

これは、イエス様の流される血を表しています。
その血こそが、ぶどう酒の本当の意味である、人たちの喜びともなったわけです。

「山々はぶどうの汁を滴らせる」と書いてあります。
主の国では、私たちの想像することができないほどに、喜びが満ち満ちている、そんなビジョンです。

 

アモスの回復の預言を聞きながら、私たちは天の国へ思いを飛ばさなければなりません。

私たちは、今日という時間を生きるのですが、実に、それは最後の日、天の国があって初めて成立するものです。

天の国における平和、和解、喜びが、私に与えられることを確実に信じると、天の国の味が私の今日の人生に染み出してきます。

私たちは、「既に」救われた「今」から見て、「未だ」来ない「未来の」天の国を待ち望むのですが、その視点は間違っています。

真実は逆です。

主なる神様にとっては、「既に」「未来の」天の国は確実なものです。
一方で、「未だに」「今日の」私にはまだ主の計画が来ていないのです。

私たちは、逆の視点が必要です。
これは、天の国を「すでに」とみる信仰の目です。
アモスなどすべての預言者がもっていた信仰の目でもありました。

まさに天国は、向こうからやってきます。

既に、イエス様が実現された天の国の喜び、それと質も量も同じく、私にやってきます。
今日の私たちの歩みこそは、天の国で歩くのと同じであると確信しましょう。

主はそのように願っておられます。
私もそうなると願い、その通りになることを体験する私と皆さんとになりましょう。

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東京リビングストーン教会は、早天祈り会を行っている教会です。
毎日午前6:00~7:00までお祈りの時を持っています。