おはようございます。
今日は、雅歌8:1-14でした。
雅歌、最後の個所です。
雅歌の花嫁と花婿の会話や、愛の関係は、全て教会である私たちとイエス様に当てはめられます。
今日も、一つ一つ同じことをしてみようと思います。
1,2節で、花嫁は、花婿と家族であれば良いのに、と願います。
家族なら、いつも一緒にいることができて、親密な関係となるからです。
花婿が、自分をずっと抱き寄せて、呼び覚ますことの無いようにとまで願っています。
教会である私たちは、イエス様をお兄さんと呼ぶ、一つの家族です。
これは、神の子とされた私たちに与えられた、大きな恵みです。
今も、明日も、永遠に、イエス様と共にいるという祝福が、私たちには与えられています。
イエス様が強く私たちを求めて下さり、私たちを抱き寄せてくださると信じましょう。
そして、6節に入ると、愛の力強さが語られます。
「愛は、死のように強く、熱情は陰府のように酷い。」
死や陰府は、人間にとって勝てないものの典型です。
神の愛は、まさに人間にとって勝てないのでした。
しかし、私たちはさらに一歩進んで知っています。
愛は死のように、ではなく、愛は死よりも強いのです。
神の愛の前では、死も陰府でさえも、力をふるうことは出来ません。
イエス様の十字架の死と復活、そして、再臨は、その事をはっきり示しているのです。
そして、最後の花嫁のセリフに注目しましょう。
14節「恋しい人よ急いでください、かもしかや子鹿のように香り草の山々へ。」
雅歌の最後が、花嫁の「急いでください」でした。
このセリフは、まさに黙示録の最後のセリフと同じです。
婚約してた花嫁と花婿の一番の願いは、なんでしょうか?
それは、急いで結婚することだけでしょう。
ローマ書8章が示すように、被造物も、私たちも呻いています。
その呻きは、早く贖いが完成するように、早くイエス様に会いたいという呻きです。
私たちがどんな努力をしたとしても、イエス様の再臨の時期が早くなったり、遅くなったりすることは、ありません。
だからこそ、すべては神の御手にあるがゆえに、私たちは、祈るしかないのです。
祈りによって、神への愛を表現するほかないのです。
何よりも強い愛の方が、今日も私に愛をそそいでくださることを確信するなら、急いでください!と、心から叫べます。
主イエスよ、早く来てください!と神の愛を信じ、神へ愛を告白する私たちとなることを期待します。
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東京リビングストーン教会は、早天祈り会を行っている教会です。
毎日午前6:00~7:00までお祈りの時を持っています。