4月18日早天メッセージ

投稿者: | 2018年4月18日

おはようございます。
今日は、イザヤ46:1-7でした。

今日の個所では、バビロンの主神であるベルと、その子供とされるネボという偶像の神と、主なる神様が比較されています。
ベルは、いわゆるマルドゥク神のことで、ダニエルたちがひれ伏すのを拒んだ神の名前です。

バビロンは、強大な帝国を築きましたが、結局ペルシアによって滅ぼされます。
戦争に勝っていたときは、どの国民もベル神を敬い、礼拝したでしょう。
まるで、このマルドゥク神が勝利に導いたように見えたでしょう。

しかし、バビロンが滅びる時、この偶像が、逃げる人たちの足手まといとなったのです
偶像は、人に背負われ、人に運ばれなければなりませんでした。
人『が』、偶像の世話をしなければならないという、ナンセンスな結果となりました。

一方、主なる神様は違うとイザヤは預言します。

それを3節から、「私に聞け」という特徴的な言葉から始めます。

3-4節「わたしに聞け、ヤコブの家よイスラエルの家の残りの者よ、共に。あなたたちは生まれた時から負われ胎を出た時から担われてきた。同じように、わたしはあなたたちの老いる日まで白髪になるまで、背負って行こう。わたしはあなたたちを造った。わたしが担い、背負い、救い出す。」

主なる神様は、胎内にいる時から、私たちを背負ってくださり、老人になっても、背負ってくださる方なのです。

その通り、天地創造前から、私を選び愛されました。
しかも、それはただただ神の自由な選び、自由な愛なのです。

しかも、この背負うとは、物理的に背中にのせるという意味以上に、めんどうをみる、責任を取るという意味をもっています。

人間の赤ん坊は、親に背負われます。
衣食住の全て、時に、未来の夢まで、親が責任をもって育てます。
そして、成長し老人になれば、今度は、子供たちに背負われるようになります。

子供のすべてを親がいろいろ準備するように、老人を介護するときに様々な働きをするように、主なる神様は、私たちを背負い、働いてくださるのです。

それは、私たちを造った主なる神様の責任だからです。

私たちはイスラエルについての歴史をすでに見て知っています。
イスラエルという民族が滅亡せずに、現代に至るまで影響力をもっているのは、まさに主なる神様に背負われていた以外の理由がありません。

5節に書いてある通り、どのような神々、どのようなものと比べても、主はユニークな方です。

私たちは、何より、全面的に、この主に、頼っていいのです。

しかし、残念ながら、このユニーク神ではない偽物を、神として考えることが、私たち罪人の本質です。
偽物の神を背負い、偽物の神に奪い取られるのが、私たちの自然なのです。

その自然に抵抗しなければなりません。

私たちには、恵みが必要です。信仰が必要です。

主は、「私に聞け」とおっしゃっいました。
この主のみことばが、今日、私の耳にも届くことを期待しましょう。

主のみことばが、私に恵みを与え、信仰を与えてくださると期待しましょう。

私を背負ってくださる主を信じて、その主に全面的に頼り歩む、一日となることを信じます。

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東京リビングストーン教会は、早天祈り会を行っている教会です。
毎日午前6:00~7:00までお祈りの時を持っています。