おはようございます。
今日は、詩編81:1-17です。
今日から詩編で、5月を閉じます。
今日の81篇は、喜びの歌であり、希望の歌です。
4節に「角笛を吹き鳴らせ、新月、満月私たちの祭りの日に。」とあります。
第1日目と、第15日目に祭りがあるのは、第7の月(新年)に行われる仮庵祭を表しています。
仮庵祭とは、喜びの祭りです。
詩編81篇の通り、出エジプトをしてくださった主の御業に対する喜びがあふれてるのが、仮庵祭でした。
とても興味深いのは、6節の後半です。
6節後半「わたしは思いがけない言葉を聞くことになった。」
7節から出エジプトの出来事が告白されるのですが、これが思いがけない言葉とはどういうことでしょうか?
詩編の作者は、もちろん、出エジプトの歴史を何度も何度も聞かされており、知っていたはずです。
ですから、この思いがけない、とは、自分にとって意外であるという意味ではありません。
第7の月は、新年ですから、作者も新しい心で出発する時期だったはずです。
そのような中で、もう一度、自分が初めて御言葉と出会うような新しい心。
そんな真っ白な心で、主の御言葉に向かいなおし、御業を聞き直すという意味があるのではないでしょうか?
私たちは、信仰が主から与えられるしか、そのよりどころはありません。
信仰は、出エジプトして天から降ってきたマナと、全く同じです。
今日与えられた信仰を、そのまま明日持っていこうと思っても、それは腐っているのです。
今日は今日の、明日は明日の信仰を、主からいただかなければ、なりません。
日用の糧を今日も与えてください!です。
そういう意味で、私たちは、今日新しい心、真っ白な心をもって、主の御言葉を聞く必要があります。
私の耳に慣れた主の御言葉ではなく、初めて聞くような、思いがけない言葉として、御言葉と新しい出会いがあることを期待しましょう。
そして、なんといっても、この詩篇は希望の歌です。
11節「わたしが、あなたの神、主。あなたをエジプトの地から導き上った神。口を広く開けよ、わたしはそれを満たそう。」
今の季節は、ツバメなどの小鳥が生まれる季節です。
生まれたばかりの鳥たちは、ただ、口を大きく開けることしかしません。
母鳥が、あけた口に餌を与えてくれる希望があるから、小鳥たちは口を開けるのです。
いや、ちょっと冷静に考えて見ると、口を開けた鳥の姿は、結構滑稽ではないでしょうか?
もし、私たちが、口を大きく開けて、「あーん」としっぱなしで仕事していたら、おかしな人だと思われてしまいます。
しかし、私たちは、それを守らなければなりません。
なぜならば、主は、イスラエルを導いてきた主だからです。
なぜならば、17節のとおり、主は最良の小麦で養ってくださる方だからです。
天を見上げ、主が満たしてくださることを確信し、『あーん』と霊的な口を大きく開ける私たちとなりましょう。
飽きるまで甘い蜜を飲ませる主の約束は、今日も私の広げた口に成し遂げられます。
主が、何を満たしてくださるのか?
ドキドキ、わくわくする期待感が溢れる一日となることを信じます。
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東京リビングストーン教会は、早天祈り会を行っている教会です。
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