6月27日早天メッセージ

投稿者: | 2018年6月27日

おはようございます。
今日は、使徒言行録9:32-43でした。

今日は、10章に繋がる物語です。
ペテロが、異邦人コルネリウスの場所に遣わされるための、準備段階でした。

今日の個所には、2つの奇跡が書かれています。

共通して用いられる単語は、ルカの文書でたくさん用いられる「アニステーミ(立ち上がる)」でした。

アニステーミは、イエス様の復活を表現する言葉です。

それは主なる神様がそこに働いていたことの証しです。
そこに、主の復活の恵み、復活の力が働いていた!という、ルカの信仰告白です。

34節「ペトロが、「アイネア、イエス・キリストがいやしてくださる。起きなさい。自分で床を整えなさい」と言うと、アイネアはすぐ起き上がった。」

ここに、『起きなさい』『起き上がった』と訳されたアニステーミがあります。

8年も歩けなかった、アイネアは、イエス様の復活の働きによって、病気が癒されました。
そして、その復活の働きがあった場所で、人たちが信仰に導かれたのです。

同じパターンが繰り返されます。

39節、「ペトロはそこをたって、その二人と一緒に出かけた。」

40節「ペテロはみなの者を外に出し、ひざまずいて祈った。そしてその遺体のほうを向いて、「タビタ。起きなさい」と言った。すると彼女は目をあけ、ペテロを見て起き上がった。」

41節「そこで、ペテロは手を貸して彼女を立たせた。」

ペテロが『立って』、死んだタビタに『起きなさい』と命令し、『立たせた』。

3度のアニステーミがあります。

死んだタビタは、復活の働きでここに来たペテロによって、復活の働きによって、生き返って立ち上がりました。

そして、ここでも、多くの人たちが信仰に導かれたのです。

どういう場所に、人たちが信仰へと導かれる要素があるのでしょうか?
このふたつのパターンは、それを私たちに教えてくれています。

つまり、復活の働きがある場所にこそ、信仰に立ち返る人たちがやってくるのです。

それもそのはずです。

信仰は、死人を生き返らせることだからです。
つまり、罪に死んでいた人を、聖霊によって新しく生まれさせるという復活の御業がその中心にあります。

ですから、復活の恵みが働いていた場所で、同じ復活の恵みで、信仰に立ち返る人が表れるのは、ある意味、当たり前なのです。

これこそが、宣教の中心です。

私たちに復活の働きが無かったら、宣教は不可能だ、ということです。

では、どのようなとき、復活の働きが私たちに、あるのでしょうか?

パウロが言うように、私たちの全てです。

私たちの人生そのものに復活のは働きがあることを私たちは信じましょう。

今日、朝起きたのも、まさに復活の働きによって、新しい命が、驚くべき神の恵みによって、立ち上がったのです。
仕事へ行くときも、家事をするときも、誰かに合う時も、そこに、驚くべき復活の働きがあると、信じましょう。

それを妨げるのは、本当はそこにあるのに、私たちが復活の働きを信じない不信仰だけなのですから。

パウロは最後、皮なめし職人の家に来ています。
皮なめしという仕事は、動物の死に触れるので、ユダヤ人からすると最悪な仕事でした。
不思議なことに、汚れたものを扱う家に、ペテロは来たのです。

しかも、アニステーミによってヤッファに来たのです。

10章は、汚れている生物を食べろ、という幻を見たペテロによって、異邦人宣教の扉が開かれる大事件が起きます。

まさに、ペテロは、次の宣教の扉の前へ、復活の働きで、一歩一歩導かれています。

だから、ルカは9章の後半にアニステーミをたくさん用いて、聖霊様の働きを強調しました。

復活の働きが、私の現場に注がれていることを信じるものは、驚くべき御業と、絶妙なる導きを体験します。

その復活の働きを信じる者の周りで、同じ、聖霊様の働きによって、信じて立ち返るものが表れます。

これこそ、ルカが証しした聖霊様の働き、復活の恵みなのです。

今日も、私に働いている聖霊様の働き、復活の恵みを信じ切って、主の素晴らしい導きの中、主の証人として、大胆に歩むことを信じて期待します。

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東京リビングストーン教会は、早天祈り会を行っている教会です。
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