7月30日早天メッセージ

投稿者: | 2018年7月30日

おはようございます。
今日は、使徒21:15-26でした!

ついに、パウロは3次宣教旅行を終えてエルサレム教会に戻ってきます。
最後の報告が、この箇所です。

ここで、ヤコブをリーダーとする長老たちとの話し合いが行われています。
多くの異邦人たちがイエス様を信じた、という報告を長老たちは賛美しました。

ただし、エルサレムの長老の中には、使徒パウロの悪い噂を心配する声もあったのです。

モーセの律法から離れるようにと、使徒パウロが教えているという噂でした。

たしかに、使徒パウロは律法からの解放を解いていました。
福音による命は、律法による清めから、かけ離れているからです。

もちろん、使徒パウロは、律法を無視したわけでもありませんでした。

後に宗教改革の時、ルターは、人は律法を守れないことから、福音へと強く導かれることを解きました。

そして、カルバンは、福音によって救われたものが、再び愛の律法へ向かうことを解きました。

『律法→福音→律法』
この流れは、どこかで、切ってしまうとバランスが崩れてしまうような、絶妙なものです。

さて、エルサレム教会の長老たちは、完全に律法を守るクリスチャンたちでした。

15章に決定される事項、つまり、今日の本文の25節にある勧告をみても、律法が強く見え隠れしています。

「血としめ殺した動物の肉を口にしないように」

特に言葉は、もう現代のクリスチャンは守っていません。
とてもモーセの律法に近い言葉です。

ギリシア語を話して、異邦人宣教へ向かった使徒パウロ。
ユダヤ教の律法を固く守ろうとするエルサレム教会の長老たち。

ここには、一種の緊張感があったと思われます。

しかし、使徒パウロは、様々な配慮から、エルサレム教会の提案を素直に受け入れます。

提案とは、律法の清めに関することでした。
いうならば、イエスキリストによって清められたものには、ナンセンスな行動でした。

このとき、使徒パウロの最も配慮したことは、なんだったのでしょうか?

教会の分裂を避けることでした。

もし、使徒パウロが、福音によって、律法に書かれている清めが終わったという主張を押し通したら?
つまり、エルサレム教会の提案を受け入れなかったら、どのようなことが起こったのでしょうか?

まさに、カトリックと、プロテスタントのような分裂が、このとき、起こったかもしれません。
律法を守ろうとするユダヤ人クリスチャンと、福音による自由を強調する異邦人クリスチャンの民族的な分裂が、始まってしまったかもしれません。

神の計画を強く感じていた使徒パウロには、教会の分裂は避けたかった事態だったのでしょう。

パウロ自身、なるべく、投獄される前に分裂が起こるような原因を作るのは避けたかったはずです。
そのために、この提案を受け入れたのです。

では、この一種の妥協は主の目には、どう写ったのでしょう…。

本質じゃないところを妥協して、主が喜ばれたのでしょうか?
逆に、この妥協は行き過ぎていて、主の戒めを受けるようになったのでしょうか?

それは、分かりません。天国に行ってパウロに聞きたいと思います。

ただ、この後、この行動がきっかけで、使徒パウロは捕まります。

結果はどうであれ、この投獄によって、その瞬間、神の計画は進みました。

実に、神の計画は、どんどん進んでいくわけです。

私の行動が、正しかったのか、正しくなかったのか、分からないまま、進みます。

もちろん、だからと言って、正しくない方向へ行って良いことにはなりません。
正しいか正しくないか、配慮なく行動してよいことにもなりません。

私たちは、その瞬間のベストを祈り求めて行動に出ないと、怠け者だと主に言われるでしょう。

私たちは、今日遣わされる場所で、福音の本質からずれる提案をどこまで、妥協していけばよいのでしょうか?

実は、私たちは、『どれが正しい行動なのか?』という観点から、まず脱却する必要があります。

私たちの追い求めるのは、そこではないからです。

私たちは、『何を本質だと信じているのか?』という観点こそが大切です。

つまり、私の信じるイエスキリストは、どのようなお方なのか?ということです。

今日一日の行動を考えるとき、私たちは信仰の基本へと、戻ってくるのです。

今日、私たちが出会うイエスキリストは、どのようなお方なのでしょうか?
そして、イエス様は、私に何をしてほしいとおもっていらっしゃるのでしょうか?

聖霊様に駆り立てられて、神の計画に寄り添うことを求めます。
イエスキリストの香りを放つ私と皆さんとになることを信じます。

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東京リビングストーン教会は、早天祈り会を行っている教会です。
毎日午前6:00~7:00までお祈りの時を持っています。