おはようございます。
今日は、使徒言行録26:13-23でした。
使徒パウロが証しをするのは、今日の個所が3回目で、そして、最後です。
使徒パウロは、自分の裁判における弁護をしつつ、
自分の体験した証しを伝えつつ、
さらにアグリッパ王たちを福音を信じる信仰へ導こうという、
様々な目的を一度にやろうとしてます。
ここには、福音に対し貪欲なパウロの姿が見えます。
何よりこの証しは、使徒パウロの信仰の中心でした。
彼が宣教を力強く行ったのも、この証しがあったからです。
13節、太陽よりも明るく輝く光に照らされました。
この光こそ、啓示の光です。
かつて神学者アウグスティヌスは、信仰が与えられる啓示を照明(イルミネーション)と呼びました。
おそらく、アウグスティヌス自身が体験したことを、神学的な言葉にしたのでしょう。
使徒パウロに降りそそいだ光と同じ光が、アウグスティヌスに降りそそいだわけです。
使徒パウロのように衝撃的なやり方で、主の光を浴びることは非常にレアかもしれません。
しかし、私たちクリスチャンは、多かれ少なかれ、この主の光、啓示の光が注がれて目が開かれました。
18節に書いてある通り、この光によって、私たちは目が開かれ、サタンの支配から神に立ち返り、信仰によって許しをえて、聖なるものとされ、天国を受け継いだのです。
私たちの物理世界にある光は、非常に興味深い性質を持っています。
光は、質量がありません。
ですから、その速さは一定です。
つまり、遅くなることはありません。
しかも、光は、曲がることもありません。
どこまでも、まっすぐ進んでいきます。
光が弱まるように見えるのは、光があらゆる方向へ散らばっているからです。
レーザーのような本当にまっすぐ進む光は、弱まることもなくずっと、進むのです。
また、光は、「粒子」です。
粒子なので、光はぶつかった物を押すことができます。
NASAが開発している太陽の光を翼に受けて進む宇宙船は、光の圧力だけで、進むのです。
物理世界の光がこうなっているのは、主なる神様の啓示の光の性質が特徴的だからに違いありません。
まさに、物理世界の光は、神の光に似ているのです。
主なる神様の啓示の光は、主なる神様からでて、まっすぐ使徒パウロをとらえました。
天から地上まで、勢いを失わず、強さも失わず、そのまま使徒パウロに届きました。
使徒パウロがみた光は、天国に入ったとき、私たちがみる栄光の光、そのものです。
そして、その光は、信じた使徒パウロの背中を押し続けました。
使徒パウロの人生を、宣教へと駆り立てたのです。
神の啓示の光の圧力を受けて、使徒パウロは一歩一歩、宣教という宇宙を進んだわけです。
使徒パウロに注いだ、この光は、その勢いと強さを失うことなく、私達にも降りそそがれています。
まさに、鷲のように翼を広げて、この啓示の光を受ければ、私たちは前へ進むことができます。
主の光、啓示の光、栄光の光は、今日も私の心を照らし、目を開かせていることを信じます。
この光に、私たちは背中を押されて、今日も一歩一歩進むことを求め期待します。
――――――――――――――――――
東京リビングストーン教会は、早天祈り会を行っている教会です。
毎日午前6:00~7:00までお祈りの時を持っています。