おはようございます。
今日は、使徒言行録27:13-26でした。
27章らの使徒パウロのローマへの道のりは、非常に詳しく書かれています。
これは他でもなく、ルカが一緒に旅をしていたからでした。
パウロ自身、宣教旅行中に船旅は数えきれないほど経験しています。
しかも、手紙によると難船したこともありました。
ですから、この地中海の海域の風の恐ろしさを重々、知っていました。
昨日の個所から、この船旅には、いろいろな風が吹きます。
4節に向かい風、13節に南風(新改訳では穏やかな南風)、そして、14節エウラキオンという暴風です。
この海の旅が、人生の旅に重ねることが、自然にできます。
わたしたちの人生は、時に向かい風が吹きなかなか物事がうまく進まなくなります。
時に、穏やかな気持ちの良い南風が吹き、前へ希望をもって前進することもあります。
時に、暴風によって絶望的状況になることがあるということです。
この暴風は、船に乗っていた人たちの希望を奪いました。
20節「ついに助かる望みは全く消えうせようとしていた。」と書いてある通りです。
もう駄目だと、みんなが思ったとき、使徒パウロは、どのように話しをしたのでしょうか?
22節「しかし今、あなたがたに勧めます。元気を出しなさい。」
25節「ですから、皆さん、元気を出しなさい。わたしは神を信じています。わたしに告げられたことは、そのとおりになります。」
明日の個所である36節にも、もう一度「元気を出す」の単語が用いられています。
考えてみると、船が沈みそうなのは、船長や航海士、百人隊長の責任でした。
彼らが使徒パウロの忠告を無視して、無理に船を出したので、難破したのです。
しかし、使徒パウロは、その責任を追及するような野暮なことはせず、ただ、元気を出しなさいと励ましています。
その根拠は、他でもなく、主からの啓示が使徒パウロにはあったからです。
24節にある通り、命が助かるという約束を使徒パウロは固く信じたのです。
この態度に、私たちクリスチャンの取るべき態度が表れています。
会社はもちろんのこと、学校や、家庭や、あらゆる人間関係の中で、
誰もが絶望して、もうダメだという瞬間は必ず来ます。
その時に希望を語れるのは、私たちクリスチャンだけです。
十字架の死において、復活の命を語ることがイエス様にはお出来になったからです。
最高の絶望が、最高の希望に変わることをイエス様は見せてくださったからです。
最近、木曜日に「ハゲタカ」というドラマをやっています。
面白くて見ているのですが、主人公が借金まみれの人に「あなたは、まだ生きている。」と、
相手を激励するセリフが特徴的に描かれています。
私たちクリスチャンにとって、最高の激励は「イエスさまは、いまも生きている。」との告白です。
イエスさまが生きているのですから、私たちは生きています。
たとえ、肉において死んだとしても、主なる神様の愛は途切れることはありません。
私たちは、生き続けるのです。
どのような絶望をも、蹴とばして余りある恵みが、今日も私に注がれていることを信じましょう。
「イエス様は今も生きている」との希望をもつ私たちを通して、たくさんの人たちが命の希望を見出すことができることを期待します。
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東京リビングストーン教会は、早天祈り会を行っている教会です。
毎日午前6:00~7:00までお祈りの時を持っています。