おはようございます
今日は、詩編91:1-16でした。
詩編91篇は御守りの詩ともいうべき詩です。
それは、1節からずっと表現されています。
1節「いと高き神のもとに身を寄せて隠れ全能の神の陰に宿る人よ」
ここでいう『宿る』とは、くっついて離れないという意味です。
主なる神様にくっ付いて離れない人の幸いをこの詩篇は歌っています。
特に、14-15節がクライマックスです。
14-15節「彼はわたしを慕う者だから、彼を災いから逃れさせよう。わたしの名を知る者だから、彼を高く上げよう。彼がわたしを呼び求めるとき、彼に答え。 苦難の襲うとき、彼と共にいて助け。 彼に名誉を与えよう。」
このような主との親密な関係、主を愛し、主を知って、主に守られる関係が、イスラエルと主との関係でした。
この親密な関係を、突き詰めて考えると、やはり、ひとつの関係が出てきます。
私たちは、父なる神と、御子イエスキリストの関係を思い出さざるをえません。
御父と御子は、愛の関係で結ばれ、離れることはありません。
御子は御父を、ご自身の体験を通して知っています。
このふたりは、御言葉によって、愛を語り合い続けています。
父の愛が、どのような愛であるか、イエス様は私たちに表してくださいました。
御子が表したのは、実は御父が御子を愛するやり方を、見せることだったのです。
御父は、御子の盾となって覆って守ってくださいました。
サタンやヘロデ大王の攻撃から小盾、大盾となって下さいました。
御子の祈りは、すべて完全に答えてくださいました。
御子の十字架の苦しみ中にも、御父は共にいらっしゃったのです。
さらに、復活と昇天を通して、御子を高く御座にあげて、
他のどの存在よりも高い名誉を与えてくださいました。
つまり、この詩篇91篇全体が、御父が御子に対してなさった見守りを啓示しているのです。
私たちは、御父と御子の愛と親密な関係を悟るときだけ、神と私の関係を理解できます。
御父の御子イエス様への愛は、そのまま私たちへの愛として受け取ることが可能です。
キリストの霊である聖霊様の働きを通して、父の愛を悟り、親密な関係を結ぶことが許されるのです。
詩編91篇の作者は、もちろん、イスラエルを守ってくださる主の働きを賛美したのです。
しかし、それは三位一体の神様の中で行われる、御父と御子の働きを表した賛美なのです。
御父と御子の、この愛、この親密さ、この見守りを、私たちはイエス様を通して、もう一度悟ることが許されています。
同時に、同じ愛、同じ親密さ、同じ御守りが、私のものでもあると確信して歩む、今日一日となると信じて期待します。
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東京リビングストーン教会は、早天祈り会を行っている教会です。
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