おはようございます
今日は、歴代誌下6:1-11でした。
歴代誌6~7章は、神殿の建築が終わってその奉納のための過越祭をするときに、ソロモン王が主のみ前で宣言する個所です。
メインの祈りは、明日以降の個所にあります。
今日は、ソロモンの預言的な意味と、2節を考えたいと思います。
2節「荘厳な神殿をいつの世にもとどまっていただける聖所をわたしはあなたのために建てました。」
何よりも、この宣言が正しい宣言だったのでしょうか?
歴史から見れば、ソロモンの建てたこの荘厳な神殿は、主なる神様がいつも留まる場所とはなりませんでした。
ソロモン自身が神殿をないがしろにします。
しかも、結局ソロモン神殿は崩れて無くなってしまうのです。
もちろん、このときのソロモンは、何か自慢するような気持で宣言したのではありません。
非常に素直に、この素晴らしい神殿は、素晴らしい主なる神様がとどまるにふさわしい場所であることを告白しただけでした。
この言葉は、嘘となったのです。
では、この祈りは、虚しい祈りの言葉となってしまったのでしょうか?
実は、それも違うのです。
そもそも、なぜ、ソロモンが神殿を建てたのでしょうか?
それは、今日の本文にも書かれています。
彼の父ダビデが神殿を建てようと、心がけていました。
しかし、主なる神様から止められて、息子ソロモンが神殿を建てると宣言されたからです。
ソロモン王は、神殿のために何かしたか?と言えば、何もしてません。
全ての材料と、設計図と、職人までも、全て父ダビデが準備しておいたからです。
ソロモンがしたことは、ただ、父の計画に従順だっただけです。
父によって準備され、子は従順して神殿を建てる。
この構図こそが、預言的な意味を持っているわけです。
つまり、これは、ちょうどイエス様を表しています。
御父によって計画され、準備された贖いが、御子の従順によって成し遂げられたのです。
御子イエスキリストこそが、まさに御父が私たちのために用意された、神ご自身が臨在される荘厳な神殿でした。
つまり、神殿を建てたダビデの子ソロモン王は、真実な神殿であるダビデの子、御子イエスキリストのモデルなのです。
肉のダビデの子と、霊のダビデの子が、繋がっているわけです。
このような預言が見えると、ソロモンの2節のセリフは新しい意味が見えてきます。
2節「荘厳な神殿をいつの世にもとどまっていただける聖所をわたしはあなたのために建てました。」
これは、目の前にあるソロモン神殿のことを告白しているのではありません。
後に来る、真実な神殿であるイエスキリストのことを預言しているのです。
イエスキリストは、まさに荘厳で勝るものはいません。その復活の体は、永遠に、主なる神ご自身がとどまる聖所です。
しかも、過越祭の時に、この宣言が出ていることは、さらに預言的です。
イエス様の贖いが最も強く表される十字架での死、その時に、神殿としてのイエス様が輝いているからです。
非常に興味深いことは、ソロモンには預言しようなんて意図はこれっぽっちもなかったことです。
主なる神様の臨在が、ソロモンの口を通して、真実なる主イエスキリストを証しし、預言させているのです。
私たちは、まさにこのようなことを求めなければなりません。
私たちが、宣教を意図しなかったとしても、普通の言葉を話しているだけの時でさえ、主はその言葉を用いて、神の言葉として作り変えてくださるのです。
まさに自由に働かれる主が、私の行動、ことばを、主イエスキリストの証しとして、神の言葉として用いて下さいます。
私達は、主の臨在の中では、まさにイエス・キリストを伝える啓示そのものだということです。
主が今日も私を満たして下さることを切に追い求めましょう。
主が今日も私を神の言葉を現すものとして用いてくださることを切に追い求めましょう。
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東京リビングストーン教会は、早天祈り会を行っている教会です。
毎日午前6:00~7:00までお祈りの時を持っています。