おはようございます
今日は、歴代誌下10:1-11でした。
歴代誌10章は、ソロモン後のイスラエルが分裂してしまう物語について書いています。
ソロモンが死んで、レハブアムが王となろうとしたとき、エジプトに逃げていたヤロブアムがやってきます。
彼の要求は、重いくびきを軽くしてくれというものでした。
ソロモンがどのような重いくびきを負わせたのか?ということを知っておく必要があります。
ソロモンが非常に豪華な生活をしていたことは、聖書に記録されているところです。
その豪華な生活のために必要なお金は、結局、国民にまかなわされていました。
奴隷を強制労働させることは、当時においては一般的な出来事でした。
しかし、ソロモンは自分の民であるユダヤ人をも強制労働させたのです。
しかも、強制労働によって受けた益はユダ族を中心に分配されたので、部族間の格差は広がっていきました。
超格差社会が生まれたのです。
ソロモンは、王としてその格差を埋めるべきだったわけですが、そうせずに私腹を肥やしたのです。
レハブアムは、このような歴史的な背景をよく考えて、ヤロブアムの提案に耳を傾けるべきでした。
今日の本文にある通り、この歴史を知り軋轢を知っている長老たちは、労働を軽くすることを提案します。
しかし、特権階級の既得権に慣れてしまっている若者たちは、労働をもっと重くすることを提案したわけです。
何よりレハブア厶の中に、既得権に固執する罪がありました。
持っているものをさらに欲しがってしまう。
まさに、これは十戒において禁止されている基本が崩れてしまった罪でした。
そもそもレハブアムという名前の由来は、『民を多くする』という意味です。
つまり、レハブアムは王国の繁栄、そのリバイバルを願われて付けられた名前です。
そのために、王である牧者として民を統治すべきであったのですが、そうはなりませんでした。
民を多くするのではなく、自分が太くなってしまったのです。
これが今日の本文に慣用句として出てきます。
10節「彼と共に育った若者たちは答えた。「あなたの父上が負わせた重い軛を軽くせよと言ってきた民に、こう告げなさい。『わたしの小指は父の腰より太い。」
太くするというこのヘブライ語は、旧約聖書では3回しか使われない言葉です。
傲慢さを表し、私腹を肥やす意味で使われています。
レハブアムは、民を多くするために全てを注いだのではなく、自分を太らせるために全てを注いだということでした。
今日のこの箇所は、私たちに、基本に立ち返ることを教えています。
神の愛の基本は、愛される愛ではなく、愛する愛です。
私たちも、主の民、世を治める王としての職務を、イエス様を通して担っています。
だからこそ、イエス様を通して、自分が太ってはならないのです。
主の恵みは、無くなるのではないか?と心配するゆえに、自分のものにしてしまおうとするわけですが、
この恵み、この愛は、枯れることがありません。
外へ出せば出すほど、もっと豊かに流れ出る、不思議な愛の泉なのです。
イエス様が私たちの現場へ派遣されたのと同じく、私たちも今日、現場へと派遣されます。
イエス様の目的は、私たちを豊かに祝福し、愛するためでした。
私たちも隣人を豊かに祝福し愛するために行くべきです。
今日も、この不思議な愛の御業、溢れ出る命の泉を体験することを願います。
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東京リビングストーン教会は、早天祈り会を行っている教会です。
毎日午前6:00~7:00までお祈りの時を持っています。