おはようございます
今日は、マルコ14:1-11でした。
今日の箇所は、ナルドの香油で有名な箇所です。
マルコによる福音書には書いていませんが、ヨハネによる福音書によれば、これはベタニアのマリアのことで、
姉がマルタ、弟がラザロ、3兄妹のマリアです。
このマリアは、イエス様の話しを一生懸命聞いていた、あのマリアです。
弟子達の誰一人として、イエス様の話しを理解することが出来ませんでした。
しかし、いつもイエス様の側にいて、その話しを素直に聞いていたマリアだけが、イエス様が死に行くことを理解していました。
このナルドの香油は、まさに死人に塗る香油、つまり、没薬としての役割を担ったのです。
雅歌には、このシーンが預言されている場所があります。
雅歌1:12-13
『12 王がうたげの座に着いておられる間、私のナルドはかおりを放ちました。
13 私の愛する方は、私にとっては、この乳房の間に宿る没薬の袋のようです。』
ナルドの香りは、婚約者が身に着ける香油です。
そして、それは没薬の袋のようだと雅歌に歌われています。
まさに、クリスチャンは、キリストの花嫁として、イエス様と婚約しているものです。
今日の箇所で、マリアが注いだ香油がナルドの香油と呼ばれているのは、この意味で相応しいことです。
そして、雅歌の預言通り、この香油は死を目前にしたイエス様にとっての没薬でした。
旧約の預言通りの行動、イエス様の言葉通りの行動、まさに、マリアの香油注ぎは、神の御心に適っていたのです。
一方、このマリアの行動に、弟子達は文句を言います。
この弟子達の文句に対するイエス様のセリフに注目してみましょう。
6節「イエスは言われた。「するままにさせておきなさい。なぜ、この人を困らせるのか。わたしに良いことをしてくれたのだ。」
『するままにさせておきなさい。』というセリフこそは、イエス様の最高の言葉ではないでしょうか?
これは、マリアがすることが、神の御心そのものだ!という宣言だからです。
イエス様ご自身が、マリアのすることを信頼し、委ねているという証拠の言葉です。
これは、驚くべきセリフです。
全知全能なる主御自身が、一人の人間に対して、そのままでいいと。仰っているからです。
主なる神様が、一人の人間を完全に信頼しているのです。
私たちが主を信頼するのは当たり前としても、なんと、ここには逆が成り立っています。
イエス様はマリアを信頼し、御業を委ねているのです。
まさに、友人としての主からの親しい言葉こそが、この「するままにさせておきなさい」でした。
私達は期待しなければなりません。
主は、クリスチャンである私たちを信頼していらっしゃいます。
宣教をイエス様にお委ねになったのと同じように、弟子達に、そして私達にお委ねになっております。
御言葉を聞く中で、祈る中で、『するままにしていい』と、主がおっしゃってくださることを期待して歩むものとなりましょう。
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