おはようございます
今日は、マルコ15:16-23でした。
今日の個所で語られるのは、イエス様が侮辱されて、ゴルゴタの丘へ十字架を背負うシーンです。
ここに登場するキレネ人シモンについて考えてみたいと思います。
キレネ人ということですが、異邦人だということではありません。
過ぎ越しの祭りに二人の息子を連れてきているこの人は、ユダヤ人であって、神殿に参りに来た熱心なユダヤ人でした。
キレネは、北アフリカの地中海に面した場所です。
彼は、ここ出身の離散ユダヤ人の一人だったのです。
マルコは「いなか」であると評価を下していますが、キレネはアレキサンドリアくらいの大きな都市だったので、本当の意味でいなかではありません。
いなかと訳されているギリシア語は、農場も表すので、農場の主だった可能性もあります。
それか、エルサレムから遠い場所をすべていなかと言っていた可能性もあります。
マルコは二人の息子の名前もはっきりと記しました。
これは教会の中に、本人やその知り合いがいたことを強く主張しています。
研究者によっては、ローマ人への手紙16:13に出てくるルフォスは、このキレネ人シモンの息子ルフォスの可能性があるといっています。
使徒パウロは「主にあって選ばれたルフォス」と評価しています。
もし、同一人物ならば、まさにイエス様の十字架の苦しみを間近で見て、クリスチャンとなった選ばれたものでした。
そして、このキレネ人の名前が、シモンだったということが少し気になるところではないでしょうか?
シモンとは、12部族のシメオンから名づけられた名前です。
旧約聖書においては、シメオン族は消滅して土地を持っていません。
神に捨てられた、希望のない部族として記録されています。
しかし、新約聖書では、非常にたくさんのシモンが出てきます。
ペテロは、もちろん、シモンです。
12弟子の中に熱心党のシモンがいます。
イエス様の兄弟にもシモンがいます。
イエス様が赤ん坊の時抱っこして祝福した老人も、
イエス様を食事に招いたファリサイ派の人も、ヤッファの皮なめし職人も、
アンティオケア教会の黒人もシモンでした。
ですから、失われた部族であるシメオンが、イエス様によって、回復するという大きな救いの預言が表されています。
このキレネ人シモンは、イエス様の後ろを十字架を背負って歩みました。
思い出してみてください。
シモン・ペテロは、イエス様が十字架で死ぬと預言したとき、そのようなことは、ありえないといって、「引き下がれサタン」と怒られました。
シモン・ペテロはイエス様の『前』に出て、その道を遮ろうとしたために、怒られました。
最後の晩餐の時にもペテロは、イエス様の御言葉の『前』に出て、遮ってしまいました。
そして、3度のイエス様を否定する失敗をしてしまうのです。
しかし、今日の個所では、同じシモンという名前の人が、イエス様の十字架を背負い、イエス様の後ろを歩いているのです。
これは、なによりイエス様を否定してしまったシモン・ペテロにとって、衝撃的なことだったのでしょうか?
失敗したシモン・ペテロも、回復したのちには、今度はイエス様の『後ろ』で、十字架を背負って歩むわけでした。
私たちは、罪人から回復させられ、救われたクリスチャンです。
といっても、私たちはイエス様の前へ出て、イエス様の道を邪魔してしまう存在です。
シモンペテロのように、イエス様を否定することもあるし、イエス様の前から逃げ出すこともあります。
しかし、主なる神様は、また私たちに、ビジョンを見せてくださいます。
イエス様の後ろで十字架を背負い、後を追うことこそが、弟子の道であると見せてくださいます。
このとおり、弟子のたった一つの条件は、イエス様の『後ろ』をついていくことだけです。
今日、私たちの歩みが、イエス様の後ろで、私の十字架を背負いイエス様の道を後から追っていく歩みとなることを祈ります。
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