おはようございます
今日はマルコ15:33-47でした。
今日の個所で語られるのは、イエス様の死と埋葬シーンです。
ここに出てくる、アリマタヤのヨセフに注目してみましょう。
アリマタヤのヨセフは、4つの福音書の全てに出てきます。
福音書によっては出てこない人物がたくさんいます。
ですから、全てに登場するのは珍しい方です。
それくらい、彼の存在は重要であったということです。
アリマタヤという地名は、高い所を表すヘブライ語がギリシア語になったものでした。
元々のヘブライ語は、ハラーマタイムで、研究者によっては預言者サムエルの故郷ではないかと考えられています。
このヨセフは、預言者サムエルの霊的な背景を背負っていました。
預言者サムエルは、イスラエルで初めて王を立てた預言者です。
なにより、ダビデ王に油を注いだサムエルに似て、ヨセフがダビデの子であるイエス様の最後のシーンに登場するのは、象徴的です。
イエス様を埋葬するということは、3日目の復活を準備するということだったからです。
復活によって、勝利の王であることを証しできたわけです。
アリマタヤのヨセフは、死体に塗る没薬という油を注いで、イエス様が復活の王となる準備をしました。
彼の人物像は、4福音書で、ずいぶん違います。
マタイでは金持ちでイエス様の弟子、
マルコでは有力な議員で神の国を待ち望んだ人、
ルカでは立派な正しい人、
ヨハネはイエスの弟子であることを隠していた人だとされています。
アリマタヤのヨセフは、金持ちでありながら、イエス様の弟子であった数少ない例です。
もちろん、ヨハネが記しているように、それは公に証しされるものではありませんでした。
むしろ、イエス様が死んだとき、その埋葬をかって出たこの時、強烈にイエス様の弟子であることを証しました。
12弟子たちはみんな逃げてしまって、女性しかいなかった中で、アリマタヤのヨセフと、ニコデモだけが、イエス様の埋葬を手伝ったのです。
そして、彼が埋葬を願い出たことは、イエス様の復活にとって必要不可欠な要素でした。
ユダヤでは安息日に入れば、死体を触ることは出来ません。
ですから、一刻も早く、死体を埋葬する必要があります。
もし、アリマタヤのヨセフが名乗り出なければ、イエス様の死体は速やかにその辺にある公的な墓地、と言っても死体を放り投げる場所に持っていかれたでしょう。
もし、そのような公的な墓地からイエス様が復活したといっても、どうでしょう?
どの死体が、誰のだかわからない状態なのですから、イエス様の復活が確実だとは言えませんでした。
イエスキリストの墓が空であるという事実は、墓が個人的なものであり、新しいものでなければいけませんでした。
当時も、個人の墓地を持つこと自体、お金もちしかできない行為でした。
アリマタヤのヨセフが、お金持ちであり、有力な議員であったからこそ、この墓を購入することが出来ました。
そして、この墓だったからこそ、イエス様の復活は確実な証しとなったのです。
イエス様はお金持ちが救われることが非常に難しいとおっしゃっています。
ですから、アリマタヤのヨセフは、まさに神にはなんでもできることの証しなのです。
お金が無い状態で、主に従うことより、お金がある状態で、主に従うことの方がはるかに難しいことです。
アリマタヤのヨセフは、彼だけが持っているお金と地位を存分に用いて、彼にしかできないイエス様の復活の証しに用いられました。
私たちのもてる賜物とお金や物は、私しか持ってないものばかりなはずです。
主のご計画通りの、私のユニークな証しのために、主は私の持っているものをユニークにされているからです。
今日一日、私にしかできない、主の復活の証しに、主が私たちを用いてくださることを祈り求めましょう。
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