神の身体性、つまり、人間に対する三一神の存在論的愛を考えると、障害者に対する視点が変わるという神学的な效果が生まれるのだと言うのは目からウロコだった。
障害者でも、愛される。
障害者でも、尊い。
このような比較意識に基づいたものではなく、
障害者が、愛される。
障害者が、尊い。
障害者の全存在を、まさに神ご自身が、神ご自身であるが故に愛される。
そして、これは取りも直さず、健常者と呼ばれる私たちにも適用される。
神の愛は、無条件の愛とよく表現されるのだが、それは私が存在していること自体に愛の動機を見ることである。
神ご自身が、神ご自身であることを否定出来ない故に、死も命も、あらゆる力でもっても引き離せない愛が、私たちと神ご自身を結びつけている。
簡単に言うと、っぱねー愛ってこと。